愛憎の絵画

真実はいつだって近くにある話

視点…ヒューゴ・クロフォード

(リアム・クロフォード)


ジオンモナン大統領からの依頼を無事に解決した僕たちは、許可証を手に飛行機を使ってスフマートが住んでいるリヴーまでやってきたよ。

メンバーはいつも通り僕たちフューネラルブーケ、フューネラルリース、それと大魔法使い様の内の1人のニュロと例の少女、メヌエット。

他の大魔法使い様2人は事情で後から合流するみたいだけど、何だろうね?まぁ、僕が気にする事でもないんだろうけどね。

それにしても季節はすっかり春だと言うのに、飛行機から降りた途端 僕の顔に吹雪が直撃した時はびっくりしたなぁ。

僕が住んでいたイギリスでも、冬はこんなに寒い事はなかったからな。

…まぁ、そんな話は置いといて。

飛行場で手続きを済ませた後、地元の人たちにスフマートが住む山小屋まで案内してもらったんだけどさ…。


「…はぁ、中々過酷だったなぁ。」


山小屋に住んでいる、と言う事はそれなりに高い所に住んでいると言う事。

そして、ここは1年中雪が降る極寒の地 リヴー。

つまり、皆で雪山登山すると言う事になる。

魔導で瞬間移動出来ないのか、って抗議した仲間がいたんだけどその事をあの大魔法使い様…ジャックに連絡したら"え?それくらいやって退けてこそのフューネラルブーケだろう?"って話を聞かないんだよね。

…フューネラルリース達が"何かあれば自分たちが支えるから頑張って"と言ってたから皆、渋々納得してたよ。

まぁ、僕は運動神経が良いから雪山登山なんて大した事なかったけどね!寧ろいい経験になったよ。

だけど…ほら、見て見て。

運動が苦手な仲間達はご覧の有り様、山小屋に着くなりうずくまっちゃった。

藍なんか、息を切らしながら地面でくたばってしまっているよ。


「これ…あと1回やらなくちゃいけないんですか……?」


「そうだよ!帰りも頑張ろうな、藍!」


「もう既に帰りたいです…。」


「まぁまぁ、そんな事言わないで!ほら、ようやく念願のターゲットとご対面なんだからちゃんとしないと!」


「まだ喋れる元気があるんですか…はぁ…すごい方ですね…。」


はは、あの藍に褒められちゃった!

藍に褒められただけで、疲れなんて吹っ飛んでしまって元気になるよ。

…あ、深い意味はないよ!本当に!

…さてと、見た感じインターホンはないみたいだからとりあえず扉をノックして外から話しかけようか。


「…こんにちはー、どなたかいらっしゃいませんかー?」


…返事はなし。

扉に耳を当ててみても、生活音の1つもしない。

…まぁ、彼は最近頻繁にメディア出演しているらしいからここにいない日も当然あるよな。

でも改めて出直す時間も僕たちにはないし、ここら辺はこの山小屋以外に身を寄せる場所なんてないんだよな…うーん、大魔法使い様達に頼もうかな?と考えていると、藍が何かに気付いたようだ。


「あれ?…鍵が開いてますよ?」


「えっ?」


慌ててノブを引いてみると、確かに鍵が開いていた。

不法侵入に近いけど良いのか?これ?

チラッ、とフューネラルリースやニュロに視線をやると全員首を縦に振り入っても良いと合図をしてくる。

…まぁ、もしもの事があればフューネラルリースや大魔法使い様が多分何とかしてくれるし。

…細かい事は良いかな?よし、入ってしまおう。


「…おじゃましまーす…。」


僕はおそるおそる玄関のドアを開ける。

…へぇ、中は結構普通のアトリエなんだ…それに結構広いな。

鉛筆、バケツ、パレット、木炭、フレスコ…沢山の画材と微かに漂う溶き油と絵の具の香りがアトリエに更に華を持たせている。

皆でアトリエの中をぐるりと散策していると、布に覆われている2枚の大きなキャンバスが目に留まる。

オーダーの途中、なのかな?…ちょっと見てしまおう。

左側のキャンバスの布を取ってみると、赤い薔薇に囲まれたキャンバスの中で"白い髪の女性"が涙を流していた。


「…まるで写真を切り取ったかのような、写実的な絵ですね…。」


「そうだねぇ、綺麗だねぇ。」


テーマはよく分からないけど、藍の言った通り本当に写真を切り取った絵みたいだなぁ…この林檎みたいな瞳なんか特に。

…ん?今、こっちを見た?…まさかね!絵が動く訳ないのに!

今度は、右側のキャンバスを見てみよう。

サッ、と布を外すとこちらは男性の絵のようで、紫の薔薇に囲まれたキャンバスの中で"黒い髪の男性"が目を見開きこちらを覗き込むように見ている。


「うわっ…。」


「ひぇ…。」


思わず揃って声を漏らしてしまった。

だって、まるで"こちら側を認識しているかのように見てくる"物だから。

…気の所為だよな?一応確認の為に改めて2つのキャンバスを見ても、先程感じた強烈な違和感が出る事はなかった。

…気の所為か、まぁ、これで彼の作る作品がどんな物かは分かった。

それにしても、うーん…メディアに出る理由は分かるけどあの夫婦との接点がどうもピンとこないなぁ…前に仕事で関わった相手とか、取引先の相手とか?それとも、メヌエットの学校の上級生とか?

なんて考えながら、また先程の違和感が出てこない物かとまじまじと2つのキャンバスを見ていると 後ろでヒッ、と怯えた少女の声が聞こえた。

…メヌエットだ。


「"パパ"…"ママ"…?」


え?


「パパ!!ママ!!」


メヌエットは一目散に2つのキャンバスの元に駆け寄っていく。

イーゼルからひったくるようにキャンバスを取ると、ぼろぼろと涙をこぼしながら2つのキャンバスを抱き締めている。

…え?あのキャンバスに描かれている男女が彼女の両親?どう言う事だ?ただの依頼じゃないのか?

いや、待って…そもそも彼はただの画家ではない、よく考えてみれば彼は"学生遺影画家"として活動しているんだ。

少なくともこれは依頼ではないのはよく分かった。

しかし、異変はこれだけでは終わらなかった。

別の場所を探索していたフューネラルリースが、何やら大荷物を抱えてアトリエに戻ってきた。


「ねぇ、見てこれ〜。倉庫からゴミ袋に放置してあったミニキャンバスがこんなに出てきたよぉ〜。」


「しかも全部、苦しんでいたり泣いていたりする男女の絵だよ。何だいこれ、気味が悪いねぇ?」


代葩とドロテアが持ってきたミニキャンバスに目を通すと、さっき僕たちが見た2つのキャンバスと同じようなものが山のようにあった。

ドロテアの言う通りどれもこれも、全部苦しむ形相だったり涙を流したり…こちらに気が付き助けを求めているかのような形相だったりだ。

…何なんだ、何なんだこの絵の数々は。

いくら何でも不気味が過ぎるだろう、これじゃあまるで…。

しかし、その考えを遮るようにミニキャンバスを見たニュロがある言葉を発する。

それは僕自身でも辿り着いた答えでもあり、同時に信じたくない事実だが。


「…これ、全部"フレゥール大陸夫婦行方不明事件の被害者の連中"じゃないか?…もしかして、"絵の中に閉じ込められている"のか?」


…やっぱり。

…やっぱり?答えが出た所でどうしたというんだ?

だって、これって最悪の結末じゃないか。

今まで行方を眩ましていた夫婦達は、実は全員スフマートに連れ攫われて絵の中に閉じ込められたんだ。

これだったら まだ仲違いが起きてあちこちに散らばって行方不明になっていました、の方がマシだと思える程で。

そして、同時に最悪な展開も視野に入れておかなくてはならない。

ここに足を踏み入れた僕たちは彼に取ってはまな板の上の鯉も同じで。

…ほら、やっぱり来た。

ガチャ、と玄関の開く音が聞こえる。


「あーあ、バレちゃったんですね。」


…白く長い髪を束ね、絵の具で汚れたツナギを身に纏った高校生くらいの青年がそこにはいた。

あの時、ナゾトキの貴婦人に見せてもらったテレビでは体全体は勿論、音声にも加工が施されていたけど、いくら加工したとて話し方までは隠せないからね。

きっと、彼がスフマートだろう。

まぁ、そもそも本人が"バレちゃった"と自白している以上 疑う余地もないけどさ!

彼は僕らを警戒するのかと思いきや、笑顔で挨拶をしてきた。


「初めまして!"フューネラルブーケ"の皆様。それと、"フューネラルリース"に"大魔法使い様"でしたっけ?…こんにちは!」


挨拶が終わるなりスフマートは僕らの顔をジロジロと見つつ キョロキョロ、と辺りを見渡し 少し残念そうな顔をして 作品が汚れるだろう、とメヌエットから2つのキャンバスを奪いつつ先程、僕が取った布をキャンバスにもう一度被せた。


「…あー、"あの2人"はいないんですね。あの2人は俺にとって…まぁ、いない以上は仕方ないですね。えぇ、いない間にちゃっちゃと済ませてしまいましょう。よい、しょっと。」


ぱんばん、と手についたホコリを取り払い 近くにあったチェアに腰掛ける。

どうやら本題に入るようだね。


「皆様の推測通りです、今回の"フレゥール大陸夫婦行方不明事件"の犯人は…俺です。」


やっぱり、と思っているとタブリスが僕たちの間に割って入る。


「…良ければ聞かせてくれない?こんな事をした理由をさ。」


「おい、犯人相手に何もそこまで…後は警察に引き渡せば良いだけで…。」


「……。」


「…分かったよ、好きにしろ…。」


…まぁ、確かに僕も気になるから話して貰いたいかも。

反論を諦めたルーキスはすぐにその場を離れ タブリスは じっ、とスフマートの目を見つめ様子を伺う。

スフマートも特に隠す気もないようで、普通に話を続ける。


「理由?理由なんてありませんよ!…ただ、俺は"ある事を思い出した"だけですから。」


…思い出した?何を?


「それ以外は特に大した理由なんてないんですよ、俺は"ある事を思い出した"からこの事件を引き起こした。ただそれだけです。深い理由なんてありませんよ。」


ニッコリ、と微笑むとメヌエットが目を腫らしながらスフマートの胸ぐらを掴みガシガシ、と揺する。

その顔はどうしてこんな馬鹿な事をしたの、と言うよりはまるで貴方がそんな事をするなんて信じられない、という顔で。


「嘘!嘘だよ!絶対!"お兄ちゃん"がそんな事するはずない!!何があったの!!」


…ん?お兄ちゃん?


「はぁ、さっきは顔をよく見てなかったから気が付かなかったけど、誰かと思えば"メヌ"じゃないか。お前もここにいたんだ。」


スフマートは離せよ、と思い切りメヌエットを振り解く。

バランスを崩したメヌエットは地面に倒れ、その衝撃でラックにあった画材が落下しメヌエットの頭上に落ちてきた。

中には刃が剥き出しのカッターナイフやよく尖った鉛筆もあったから落ちた場所が悪いとかなり痛いだろう、案の定泣き出してしまった。

ニュロが急いで手当てをしていると、アムメリーがある事に気がついたようだ。


「…あれ、メヌエットさん。今、彼の事を"お兄ちゃん"って…?じゃあ、貴方達って…この事件って…?」


…その言葉で皆も気付いたようだ、まさか、この事件は…。


「…あー、思い出しちゃったんだ。…そうです。俺のフルネームは、スフマート=フィリサティ。メヌエットの兄で、フィリサティ夫婦のもう1人の子供です。…まぁ、俺は母さんによく似ていて、メヌは父さんによく似てる。おまけにメヌとは学校も違うし、俺は色々あって会う人は限らせて貰っていたから親戚以外には実の兄妹だと言われる事もありません。父さんと母さんも俺の事はなるべく外の人には話さないようにしていたみたいなので。だから、フィリサティ姓を名乗らない限り俺とメヌが兄妹と疑われる事もないんですよ。面白いでしょう?」


…メヌエットとスフマートが血の繋がった兄妹なのも驚きだけど、まさかそこまで根回ししていたとはね。

と、すると"アレ"ももしかして…彼の仕業だったりして?


「…もしかしてさぁ、最初から君の狙いは実の両親を拐って絵に閉じ込めるって事だけ?だったら、他の夫婦はもしかしてさぁ〜…。」


代葩が指摘すると、正解!と言わんばかりに彼は代葩に拍手を送る。


「そうです、他の夫婦は本来の目的を隠す手段の1つに過ぎません。言わば、ダミーですね。それと、メヌの記憶を無くしたのも俺にとって都合が悪いからです。だって、もし覚えていたら真っ先に兄である俺に疑いがかかるでしょう?…だからメヌには兄がいたという記憶を無くして今に至る訳です。親戚も同様の手口を使いましたよ、あの手の大人の噂話は伝わるのが早いですからね。」


…やっぱりな。

何もかも、想定していたんだな。

そして、目に止まりやすいメディア出演で自らの姿や音声を加工した物を僕らに見せつけて疑惑を向けさせたんだな。

…何ていうか、僕が言うのもあれだけど恐ろしいね。

…ん?


「……悪趣味が過ぎるぞ。君は、何が目的なんだ?」


メヌエットの手当てが終わったニュロは、スフマートに歩み寄り彼を睨みつける。

まぁ、メヌエットが傷付けられたんだから笑顔ではいられないよね。


「じゃあ、そんな悪趣味ついでにもう1つお話しますね!俺、かつてこの地に存在していたリクオル=オドーラートゥスの生まれ変わりなんです。」


「…は?」


ニュロの目が点になる、しかしそれは僕たちも同じだ。

リクオル、夢の中で出会った香薔薇の大魔法使い様…だった男だ。

フレゥール大陸の偉人でもあり今は故人、だったかな。

その男が、今 目の前にいる男の生まれ変わり?

こんな、笑顔の裏に悪意の見える青年が?

そんな訳ない、明らかに雰囲気が違いすぎる。

そんなスフマートは僕らを見て、クスクスと笑う。

真実から、現実から目を背けるなよ、とでも言うように。


「さっき言ったじゃないですか、俺は"ある事を思い出した"って。それは俺自身が"リクオル=オドーラートゥスの生まれ変わり"、だからですよ。その証拠にほら、あのダーズンローズと再会した夢の中の出来事で拾った物とか俺が色々な魔導を使えるのがその証拠です。…ねぇ、"ニュロ"。お前なら分かるよな?」


ほら、とスフマートが手を差し伸べるがニュロは思い切り払い除ける。

いつもは冷静で表情も淡々としている彼女だが 今の彼女は違う。

内側から込み上げてくる怒りや悲しみが僕らにも伝わっている、ような気がする。


「…違う、お前はリクオルじゃない。リクオルはあの子達にこんな事はしない、リクオルはそんな冷たい目で私達を見ない、リクオルは…リクオルは…お前なんかが、お前なんかがリクオルの名を語るな。」


スフマートは驚いた顔をするが、ニュロの意思が変わらない事を察し がっくりと肩を落とした。


「…あーあ、君は変わってしまったね。残念だよ、君なら分かってくれると思ったんだけどな。俺がこんな事をする羽目になった理由とかさ。心底、失望してしまったよ。」


偽りのリクオルを演じる彼を流石に看過出来ないのだろう。

彼女は反論する、まるでリクオルの汚名を晴らすかのように。

だがこんな状況でも彼女らしく、感情論にならず論理的に攻めていく。


「…私がただ情や恩で判断しているだけだと思ったのか?それは心外だな、お前がリクオルじゃない証拠だって私はとっくに知っているんだぞ。お前は"リクオルが知っているはずの物を何故か知らなかった"。おかしいだろう、あれは"リクオルになる前のリクオルなら絶対知っている物"なんだぞ。それだけじゃない、"あの鉛筆"だってそうだ。お前の物なんだろう?あんなに短くなるまで使うのは芸術家であるお前以外には考えられない。それにリクオルは鉛筆なんて使わない、リクオルは万年筆や羽ペンを愛用していたんだ。…どうだ、これでもお前はリクオルだと言えるのか?」


…あ、そうだ。

あの時、彼は収集品の1つである"自己啓発本"を知らない様子だった。


『…これ、"何の本"だ?』


『へぇ、中々面白い本だね。これ、"初めて見る"よ。』


あの夢の中の収集品のほとんどは"生前のリクオルに関連するもの"。

だから知らない、初めて見る、なんて言葉はおかしい…なるほど、そういう事か。

となると、あの鉛筆は夢の中に侵入した際に落とした物になるのか。

じゃあ…あの時のリクオルは本物でもあるけど偽物でもあるのか、簡単に言えばパソコンがウイルスに感染しておかしな挙動を起こした時と似てるのかも。

それにしても…あーあ、このミスがなければうまくいったのにね!残念!

今更嘆いた所でもう遅いけどさ!

嘘が見破られたスフマートは頭を抱えるが、すぐさま肯定しつつ反論する。


「…やっぱりこんなチンケな嘘には騙されませんか。妨害工作の為とは言え、"夢の中に侵入"したのは失敗でしたね。じゃあ、聞くんですが今 俺が魔導を使えるのはどう説明するんですかね?それに、ダーズンローズの件もそうです。俺とダーズンローズは会った事がないにも関わらずダーズンローズを行動不能にさせた。この件についてはどうお考えです?」


「それは……。」


…確かにその問題が残っている。

聞いた話によると、この世界で魔導を使える人間は気が遠くなるような努力をしてのし上がった場合か、或いは先祖に魔導士がおり魔導の素質があった場合のどちらかになるらしい。

でも、フィリサティ一族は魔導が使える人間は先祖にはいないらしい。

そしたら前者になるはずだけど、恐らくスフマートそんな事はしていないと言うだろう。

そして、これも聞いた話だけどダーズンローズはスフマートに会った事はないらしい。

20年前のあの日、旅が終わりバラバラになって以降は夫婦と会う機会もそうそうなかったからだそうだ。

では、何故 彼は魔導が使えるのか。どうしてダーズンローズを知っているのか。

第三者の可能性?メヌエットが黒幕?いっそフィリサティ夫婦が黒幕?

いや、絶対違う。そんなはずがない。

しかし彼が魔導を使える理由やダーズンローズを知っていると言う証拠も確証も僕たちは持っていない。

…うーん、何か抜け穴はないのか…?


「はぁ、流石にお喋りしすぎて疲れてしまいました。もう切り上げても良いですか?…て言うか、ワイドショーのコーナーでもこんなに喋りませんでしたよ?貴方、アナウンサーとか向いていそうですね!あは!」


まずい、このままだと…!


「さて、こんな所までわざわざご足労頂きありがとうございます!と言いたい所なのですが、こんな惨劇を見せられてこのまま大人しく返す訳にはいかないですよね!」


「…皆、戦闘の準備だ。」


やられる前にやるしかない。

全員 一斉に戦闘の構えに入るも、スフマートが焦って抵抗を始める。


「ちょ!暴力はやめて下さいよ〜!俺は貴方達と違ってちょっと魔導が使えるだけのただの人間です、万が一の事があれば普通に死んじゃうんですよ!?」


…今更何を、きみは魔導が使えるんだから僕らと互角くらいだろう、と言いたいけど ぐっ、と抑える。


「じゃあ、どうすれば良い?何をすれば降参する?」


ニュロが提案を持ちかけると、スフマートはニヤリ、と笑い手を上に掲げ一気に地面に叩き付ける。


「それは……こうするんです、よっっ!!!」


「!?」


その瞬間、辺りは光輝く煙幕に包まれる。

メヌエットは思い切り煙を吸い込んでしまったのか、はたまた先程の煙幕に何か特殊な魔導を組み込んでいるのか頭を抑え始める。


「あ"……が…ぁ"………!!」


「メヌ、メヌ!!」


ニュロがメヌエットの元に行こうとすると、それを遮るようにスフマートが前に立つ。


「大丈夫ですよ、痛い事はしませんから!それに、メヌの心配より自分たちの心配をした方が良いと思いますよ?まぁ、もう手遅れだと思いますがね!」


何の事だ、と思っていると 体がまるで宙を舞う綿毛のようにふわっ、と浮いた。

そして スフマートがパチン、と指を鳴らすと天井にキャンバス付きの魔法陣が浮き上がる。

その魔法陣は僕らを吸い込もうと言わんばかりに、勢いを増していく。

まさか、僕らをキャンバスの中に閉じ込めようとしているのか…!?

まずい、非常にまずい!逃げないと!…逃げるってどこに?

ここは彼のアトリエ、このアトリエには窓がないし玄関もスフマートが入ってきた際に鍵をかけられている可能性がある。

だとすると…本当にどこにも逃げられないじゃないか。

あぁ、参った、参った…!


「…な、何ですか…これ…??」


「あ〜、おじさんこういうのはちょっと…あ、ちょっと…誰か助けてほしいなぁ〜…無理かなぁ、はは…。」


「み、身動きが取れへん…!!このままだと……!!」


抵抗も虚しくルジアスが、イノサンスが、オリヴィアが次々と魔法陣の中に吸い込まれていく。

他の仲間達も同じだ、全員抵抗する間もなく魔法陣の中に吸い込まれていく。

そして、とうとう僕と藍も…。


「いや、いや…!!ヒューゴさん……!」


「藍!!!」


必死になって手を伸ばすも、あと一歩の所で届かず藍は魔法陣の中に吸い込まれていく。

藍…ごめん…守れなかった。

僕は抵抗を諦め、ふっ、と手を離すと魔法陣の中に吸い込まれていく。

そして、完全に魔法陣に飲み込まれたと同時に僕の意識は遠くなっていった。



…あれ?ここは、どこだ?

確か僕は、スフマートに会いに皆と一緒にリヴーにやってきて…そこで、そこで…あれ?そこからどうしたんだっけ?

思い出せない、その後の記憶がぽっかりと抜けている。

気が付いたら、このふわふわとしたぼんやりとした…あの世ともこの世とも言えない奇妙な場所に足を踏み入れてしまったようだ。

早く仲間たちの元に戻らないと、そう思い引き返そうとするもここに来た経緯すら全く思い出せないのだからどうしようもなくなってしまった。

…だけど、ここにいても仕方ないのは分かっているんだ。

分かってはいるんだけど、さっきから何故か足が動かないんだ。

何故かって?それはもう二度と聞けないと思っていた声が背後から聞こえてきたからだ。


「兄様。」


…これほどまでに冗談はよして欲しい、と思った事は果たしてあっただろうか。

だって、僕の目の前には何故か"僕"がいるんだから。

幻聴であって欲しい、幻覚であって欲しい、夢であって欲しい。

そう願っても、声の主はそれを否定してくる。


「兄様、聞こえる?…もう、無視しないでよ。久し振りの再会なのにさ。」


久し振りの再会?何が?訳が分からない。

でも聞かない訳にはいかないんだ、だからつい僕の姿をした僕に問いかけてしまう。


「……君は、誰?」


目の前の僕は何を言っているんだ、とばかりにふふっ、と笑って僕の頬を抓ってくる。


「…もう、実の弟の顔を忘れちゃったの?兄様?僕だよ、僕。"ヒューゴ"だよ、"ヒューゴ・クロフォード"。」


そんなはずはない、ヒューゴ・クロフォードは僕だ。

お前は偽物だろう、そう声を出そうとするとまたも何者かに声を遮られる。

ヒューゴ・クロフォードを名乗る偽物の背後から聞こえてくる男性と女性の声…これもまた随分と僕にとっては懐かしい声で、同様にもう二度と聞くことはないと思った声だ。


「久し振りだな、リアム。」


「見ない間に随分と凛々しく成長したのね、嬉しいわ。」


「…父様…?…母様…?」


嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!

だって…だって!父様と母様は僕らが19歳の時に病気で死んだはずじゃないか!

ヒューゴを守る為に、生活を安定させる為に僕は闇組織に入って…

…ん?あれ、今、僕"ら"って…?"ヒューゴを守る為に"って…?


「兄様、もう無理に"僕"を演じなくても良いんだよ。」


…違う、僕は…!


「もう、良いよ。もう、頑張らなくて良いよ。」


…僕は……。


「きみは"ヒューゴ・クロフォード"じゃないでしょ?きみは、僕の兄様の"リアム・クロフォード"でしょ?」


…俺は……。


「もう兄様が傷付く必要なんてないよ、向こうにいても辛いでしょ?だって、向こうには僕も父様も母様もいないんだからさ。それに、兄様はあっちの世界じゃ故人だし罪人なんだよ?戻っても、辛いだけなんだよ?」


……ぼ……。


お……。


「このまま誰も傷付かない、傷付けない、傷付かせない世界に僕と父様と母様と一緒にどっぷり浸ろうよ、ここでずっと、ずーっと…ね。兄様。…ずっと一緒だよ。」


お……れ……は……?


お……れ……。


お………。


……。


……だ。


だれ………。


俺は誰…………………?


……………誰だっけ?


………………。


…………………。


…………………………。


まぁ………………。


いいや……………………。


…………………………………。


…………………………………。


…………………………………。


…………………………………。


…………………………………。


………………………………い。


………………な、い………。



良く……………ない………。


……良くない………………


…良くないよ…


これは、スフマートの罠なんだ…


君たちは一体何の為に今まで頑張ってきたんだ…


この旅を終わらせて罪を清算して人生をやり直す為だろう……


…己が罪から逃れる方法が、こんな方法じゃダメなのは君たちが1番分かっているんじゃないのか…


それでいいのか……


目的を見失ってはダメだ………


辛いだろうが……


前を向いてくれ……


背を向けちゃダメだ……


頼……む…から…………


……………………………の……む。


…………………………………。


…………………………………。


…………………………………。


…………………………………。


…………………………………。


…………………………………。


…………………………………。


…………………………………。


…………………………………。


…聞こえる?私の声が聞こえるかい?


あー!良かった、聞こえるんだね。

良かった、良かった…。

いや、状況が状況だもんな…全然良くないか?あれ?どっちだろうな?

…はは、まぁ…良いかな?


さて、夢の中に浸っている所大変申し訳ないんだけどさ。

早くここを出てしまおう、じゃないと君たちは永遠に夢に囚われてしまうよ。


…どうやって出るのか?気になるよね。

とりあえず、さっき絵から脱出できる魔導を君たちの夢に組み込んでみたけど…その魔導は合言葉が必要でね。

どんな合言葉か、それはね…

"君の名前"だよ。


名前と言っても、人によって合言葉が大きく異なる場合があるけどね。

…それが何なのかは、自分たちで考えてみると良い。

検討を祈るよ。


紆余曲折あったが、全員絵の中から出る事が出来た。

「…ふぅ、これで全員かな?…うん、全員だね。おかえり、待ってたよ。」

…リクオルの声はするのに、振り向いてもリクオルらしき人物はどこにもいない。


当たり前か、現実では彼は既に死んでいるのだから…これは幻聴なのだろうか、それとも。

「…はは、私は"ここにいる"よ。」

ちょいちょい、と誰かの手が肩に触れる。

振り返ると、そこには…


「…やぁ。この現実世界では初めましてだよね。」

メヌエットが立っていた、いつもと明らかに違う様子の彼女がそこにはいた。

「…何が何だか、って顔だね。…私が説明しても信憑性がないだろうから"彼"にご登場願おうか。」


メヌエットの指差した先には、旅に出ていたはずのあの男がいつものあの薄っぺらい笑みを浮かべて立っていた。

「やぁ、フューネラルブーケの諸君!…ご無沙汰しているね。僕だよ、ジャクリーヌだ。」


「…ジャック、頼めるね?」

「…本当は君をぶん殴りたいけど、仕方ないよね…はぁ。」

ジャックはため息をつくと、話を始める。


「そこに立っている人間君…メヌエット君は今はメヌエット君であってメヌエット君ではないんだ。」

…謎解きをしている場合ではないのだが。

「ほら、目を見てみなよ。いつもの彼女と違うだろう?それに、話し方もね。」


「こうなったのは僕がある黒魔導を発動した時間かららしいんだ。僕が発動した黒魔導は"死霊術"、死者をこの世に呼び戻す魔導だ。」

…つまり、彼女は…?

「今の彼女は"リクオル"だね。」


「と言っても、"僕のミスで人間君がリクオルに取り憑かれた"訳じゃないんだけどね。彼女の場合はかなり特殊なんだ。」

ん?

「正確に言うと、"死霊術を発動した影響で彼女はある事を思い出した"んだよ。」


ある事?記憶喪失の事だろうか?

「それはね…」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

ニュロが横に入ってくる。

「え、じゃあ…まさか…君は……?」


「…はは、そうだよ。どうやら私は…」


「"メヌエット=フィリサティとして生まれ変わった"ようなんだよね。記憶喪失が直るついでに前世の記憶を思い出すなんて」

と、言い終わる直後ニュロがメヌエット…リクオルを抱き締めた。

「…おかえり。」


か細い声でそう言った

「…うん、ただいま。」

リクオルは彼女の頭を優しく撫でた。

後ろで顔面を殴りたそうなジャックがいるが、気にしないでおこう…。


「さて、そう長々と感動の再会とはいかないんだ。"私"としての記憶を維持させるのも限界があるからね。長い時間"私"を出したら恐らく"彼女"は壊れてしまうから。」


ふむ…と、リクオルは考えるフリをする。

「あ、そうそう。スフマートの居場所は捉えてあるから大丈夫。後は彼をとっちめれば良いんだけど…その前に伝えたい事がいくつかあるんだ。」

…何だろうか?


「まず1つ目、君たちにこれから2つの選択肢を与えよう。その選択次第では…未来が変わるかもしれないからね。私と彼女、そして彼と彼の。」

私と彼女は恐らくメヌエットとリクオルの事だろう、それにしても彼と彼?

…まさか…?


「…ふふ、そうだよ。生まれ変わったのは何も私だけじゃない、彼もなんだ。彼も生まれ変わったんだよ、私の兄としてね。」

…生まれ変わった?兄として?彼も?


「つまり、だ。ダーズンローズやご夫婦を拉致したスフマートと20年前に夫婦を攫い死んだ男…サラールって言ったかな。その2人は同一人物って事。要は生まれ変わり。それが君たちに伝えたいことの1つ。」


「2つ目、スフマートを捕えた後の話だ。君たちは"スフマートを生かして彼の中のサラールの存在を抹消する"か、"スフマートを亡き者にして世界に安息をもたらす"のどちらかの選択を多数決にして貰うよ。要は、生存か死を君たちに選んでもらう。」


「ただし、選択を誤った場合 君たちはこの世に在留する資格がないとして強制的にあの世に送り返すよ。当然だよね、君たちの立場を考えたらさ。…少し時間をあげるからさ、よく考えてね。」


「スフマートを生かすか、亡き者にするか…。そうだね、6日間時間をあげる。そこで、君たちの決断を聞かせて欲しい。…頼んだよ。」


「…ん?どうしたんだい?リースの諸君、そんな顔して。…うんうん。…え?思い出した?何を?…あー、解けちゃったか。まぁ事態が事態だから仕方ないか。…うーん、再度魔導をかけ直すのも面倒だしこのままにしちゃおうかな!」


「隠すか隠さないかは君たちの判断に任せるけど…まぁ、そんな事いきなり言われても混乱するだろうから良く考えてから話してくれよ。」


愛憎の絵画 終



イベント リザルト

脱出者

※期間内に脱出出来なかった者は、他の仲間やリクオルに助けられました。


・きんぎょちゃん

・藍

・レオン

・ルーキス

・ディヴァイン

・ノア

・タブリス

・代葩

・リアム

・ミロ

・ドロテア


◀Chapter3 Chapter5▶