フューネラルブーケの花よ贖え
リクオルと約束した期日がやってきた。
スフマートのアトリエで待っていると、メヌエットはリクオルに切り替わりフューネラルブーケ達の前に姿を現した。
「…何も言わなくても、私の言いたい事は分かるよな?」
…どうやら、猶予を与える暇はないようだ。
「…時間は十分に与えた。だからすぐ答えを出して貰うよ。さぁ、咎人達よ…聞かせてもらおうか。君たちの選択を。」
…スフマートを生かすか、殺すか。
僕の、私の選択は…。
「聞かせて貰おう。君らはスフマート=フィリサティを…」
▶生かす(中にいるサラールは抹消する)
殺す(完全に殺して世界に安息をもたらす)
視点…きんぎょちゃん
スフマートくんのアトリエで待っていると、スフマートくんを捕まえてくると行って外に出ていたリクオルさんとニュロさんが帰ってきた。
ドサッ、と体全体をぐるぐる巻きにされ 目を回しているスフマートくんがぼく達の前に差し出される。
…あの大魔法使い様2人の相手なんて、正直想像したくない。
だってめちゃくちゃ痛そうじゃん?!いや、痛そうなんてレベルの話で済むはずないけどさ。
何なら息が出来るかどうかすら怪しいよな、まぁかろうじて息はしているみたいだけど。
ぺちぺち、とスフマートくんの頬を軽く叩いて起こしたリクオルさんは、もう一回僕たちにあの言葉を投げかける。
ちょっとしつこいけど まぁ、お決まりってやつだよなぁ。
「…一応、確認のため。意見が変わっていないかを聞きたくてさ、もう一度聞かせてもらうよ。…咎人達よ。君たちの選択を聞かせてくれ。君たちは…スフマート=フィリサティを、どうしたい?」
「…ぼくは……。」
迷う必要なんて、鈍る必要なんてない。
ぼくは最初から決めていたんだからな。
すぅ、と息を吸い ぼくが選ぶ結末をリクオルさんに伝えようとすると、それを遮るように誰かがぼくの間に割って入る。
「待て、俺から先に言わせろ。」
……この声は…。
「り、リアムせんせー…?」
「…すまない、どうしても我慢出来ないんだ。」
そう言って、リアムせんせーは拘束されたスフマートくんに歩み寄ったかと思うと…ものすごい勢いでスフマートくんをぶん殴った。
うわー、痛そ〜…。
リクオルさんの静止を振り切り、スフマートくんの胸ぐらをつかんだリアムせんせーは、いつもの落ち着いたせんせーじゃ考えられないくらいスフマートくんに向かって感情的に言葉を投げた。
「あんたの前世が誰で何したとかどうでもいいし、なんでもいい。あんたがどんだけクズだったとしても、メヌエットにとってはたった1人のお兄ちゃんなんだよ。そんなあんたが死ねば終わりだとしても、それであの子がどんだけ苦しむことになるか。誰かの手で兄弟を失うのがどれほどの苦痛か、俺は知ってる。俺が1番よく知ってるんだよ。」
リアムせんせーの言葉は止まらない。
「だからこそ、あんたがどんな罪人だとしても、その罪ごと生きて償うしかない。生きて、生きて、その罪が遠い過去になったって、あんたは背負うしかないんだよ。こんなとこで死ぬなんて許さない。前世がどうのとか関係なく、あんた自身の罪だ。生きることがあんたの罰だ。」
リアムせんせー…。
でも、そんなせんせーを見て嘲笑うかのようにスフマートくんは痛いところをついてくる。
「君は生きて罪を償わなかった癖に、何を偉そうに俺に説教垂れてんの?何様のつもり?死人の分際で俺に説教なんてさ。」
でも、それで口を閉ざすリアムせんせーじゃない。
「そうだよ。慕ってくれる仲間も、救おうとしてくれた親友もほっぽって、ヒューゴも望んでない復讐で満足して諦めた。だからこそ”もう一度”をくれたジャックに感謝してるし、ジャックが望むような終わりにしたい。でも、それがあんた自身の死なら俺は反対する。あんたの前世とやらが消えるのはいいけど、あんたが死ぬのは反対だよ。」
…そっか、リアムせんせーは過去の経験があるからこそスフマートくんに生きていてほしいんだね、なるほど。
喋りたい事を全部喋ったリアムせんせーは深呼吸をすると、スフマートくんから手を離した。
「……………俺が言いたいことは言ったから。」
リアムせんせーは、少し疲れた顔をして後ろに下がっていった。
でも、ここで終わるはずがないんだよなぁ。
リアムせんせーの言葉が引き金になったっぽくて、仲間たちが次々とスフマートくんに、リクオルさんに意見を、気持ちをぶつけた。
「…私も、リアムさんと同じ考えです。彼を生かしたいです。」
藍せんせー…。
「…だって、私はお医者さんなんですよ?生かしたいって思って、当然じゃないですか。…私事ですが、この医学は祖父が祖母を助けたいから覚えた医学なんです。…この世界を混乱に招いた代償は大きいでしょうが、彼にはその罪を背負って生きていってほしいんです。私達が本来であれば出来なかった事を、彼は出来るんですから。」
…藍せんせーも、ヒューゴせんせーと同じなんだなぁ。
「私も2人に同意見だ。私もな…昔、彼のように多くの人を巻き込んで、多くの人の人生を壊した。生き返っても自分は悪くないって本気で思っていた事もあった。…だけど、ここでの出会いが私を変えてくれた。あの時、生き返らなかったらきっとあの世でも考え方は変わらなかっただろうね。まぁ、結論 私はサラールやスフマートの過去をよく知らない、分からない。自分に彼らの運命を選べる権利があるとは思っていないが…生きてハッピーエンドの方が良いだろう?そう思わないかい?」
魔女さん…。
「…僕は、人の命を奪った責任を取れないまま死んでしまいました。だから、僕に出来なかった"人の命を奪った責任"が取れるなら、生きて償いをするべきだと思うんです。…咎人の自分の考えなんて、烏滸がましいとは思いますが。…仲直り、しましょう?」
ミロ…。
「私も皆様と同意見です、せっかく素敵な家族がいらっしゃるんですもの、仲良く幸せに生きて欲しいですわ!私が出来なかった生き方を、貴方は出来るんですから。…貴方に私のような生き方や結末を迎えてほしくはありません。きちんと生きていれば、道は開けるはずですわよ。」
ノアちゃん…。
「ぶっちゃけテメーが生きようが死のうが、どっちだって俺には構わねェけどよォ。リアンの言った通り、兄弟を失う苦しみは俺は当事者じゃねェけど…何となく、その…分かるんだよ。辛いってのが。…だから、なんだ、俺はどっちかって言えばオメーに生きて欲しい、カモ。…つか、アイツらが多数派でスフマートぶち殺すべし、まぢ死すべし!断罪!!とか言ってたら?少数派であろう俺はそっちに従うつもりだったけど、なーんも心配いらなかったネ。んはは。」
レオンくん…。
「…ほら、オメーも言いたい事あるならぶっちゃけてみ。…きんぎょちゃんは、こいつをどうしたい?」
…あ、やべ。
レオンくんに言われて気付いた、すっかり忘れてた。
つか、言われなくてもそんなの決まってるだろ!
ぼくはね、ぼくの気持ちはね。
「別にね、逃げたいなら逃げても良いけど、反省する気があるなら生きて罪を償うべきだと思うぜ?妹がいるからとか、家族がいるからとか、そういう理由でこうするべきだ!って生き死にを決めるんじゃなくて…えーっと…その…。」
やば、自分で言っといて頭がこんがらがってきた、ウケる。
一旦深呼吸、深呼吸…。
「確かにぼくだって家族同然の親友が死んだら悲しいけど、本人が望むならしょうがないじゃん、ぼくはなんにも言えないし、意見もしない、スフマートくん本人に聞けば?そもそも、そのサラールさん?の事だってぼく、なんも知らね〜もん!アイツのこと知らねぇぼくがどうこう言える立場じゃなくね?!…って言うのがぼくの考え。」
はぁ、スッキリした。
…とりあえず、結果としては"ぼくらはスフマートくんを生かす"方向で固まったっぽい。
つか、当のスフマートくんはぼくらの言葉を聞いても反論するどころかずっと口を閉ざしているし…何なんだ…。
ま、別にその姿勢を貫くならぼくは構わないけどな。
ぼくの言いたい事はぜーんぶ言ったし、これ以上はぼくは何も言わないもーん。
後はリクオルさんに任せとこーって思ってリクオルさんに視線を移すと、彼はぱちぱち、とぼくらに拍手を送った。
「…ん!皆、良く出来ました。…本当、皆 この旅で見違える程に成長したね。そう、その言葉が聞きたかったんだ。」
リクオルさんは拍手したまま、スフマートくんに向かって歩き出す。
スフマートくんは ハッ、となり逃げようとするけどぐるぐる巻きの状態じゃなーんも出来ない、呆気なく捕らえられちゃった。
「おい、やめろ…やめろ…!悪いのは俺じゃない、悪いのはあの夫婦じゃないか、俺をあんな目に遭わせて、俺だけあんな思いして、俺だけ、俺だけ…。」
リクオルさんはすごい形相でスフマートくんを睨みつける、怖〜。
「…もう十分過ぎると言っていいほど"20年前"に夫婦を痛い目に遭わせておいて、それでもまだ足りないって言うのか?いくら何でもやりすぎだとは思わないのか?君には人の心がないのか?何も守れない、守らない君と違って、夫婦には守るべき物があるのが分からないのか?…それに、今度はご夫婦に関係ない赤の他人まで巻き込んで。…我儘だか何だか知らないけど、そこまで来ると正直呆れてしまうよ。寧ろ、あの子は君と婚約破棄して正解だとさえ思えるよ。君みたいに死んでもあの子に執着して過ぎた事をずっとネチネチする男とはね。」
「何、だと…?」
言いたい事を言ったリクオルさんは ふぅ、と溜め息をつくとスフマートくんの体に触れ 魔導?みたいなのを唱え始める。
リクオルさんの手からバチバチ、と火花のようなものが散り始め それは光となってたちまちスフマートくんの体を包み込む。
「…スフマート=フィリサティの体、返してもらうよ。それと、サラール。良い機会だから君の存在を消させて貰う。…また生まれ変わってこんな騒動を起こしたら厄介だからね。」
「…やめ…やめ…俺は、俺は…ビアンカと…!」
「今度こそ結ばれたいって?無理だと思うよ、彼女は何度生まれ変わろうと君みたいな輩と恋に落ちる事だけはしないと思う、絶対に。…ね?皆?」
「……!!」
きっと心の中じゃそんな事言われなくたって分かってたんだろうけど、突かれたくなかった所を突かれたスフマートくん…じゃねぇや、サラールさんは絶望する。
「じゃあね、サラール・デスグラシア。…永遠に。」
「あ"……ぁ"……が……ぁ"…畜生……畜生………。」
光はスフマートくん基サラールさんを包み込む。
アニメとか漫画でよく見る悪役特有のありきたりな言葉を吐いて、サラールさんは倒れ込む。
「………………ビアンカ………………。」
口からすげぇ色したモヤみたいなのを吐き出したサラールさん、じゃなくてスフマートくんはそのまま気を失っちゃった。
多分、あの吐き出したヤツがサラールさんの魂の残骸?なんだろうね、よく分かんないけどさ。
「…ふぅ、終わった。」
スフマートくんの呼吸や脈を見て、生きている事を確認したリクオルさんはぐっ、と背伸びをするとニュロさんの元に行く。
…あー、きっとこれは…。
「…そろそろ時間だ。後は、頼むよ…ニュロ。"また会おう"。」
「…ん。」
ニュロさんの言葉を聞いて安心したリクオルさんはその場に蹲る、そしてその頃 スフマートくんが目を覚ましたっぽくてパチパチ、と瞬きをした後にキョロキョロ、とアトリエを見渡す。
「…あれ?俺…何してたんだっけ?確か、あの時…あれ?あれ?」
へー、元のスフマートくんってこんな穏やかなんだ、ふーん。
なんて見ていると、スフマートくんに気付いたメヌエットちゃんが一目散にスフマートくんの元に駆け寄って抱きついた。
「お兄ちゃん!!!」
「…メヌ?」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」
「痛い、痛い!!ちょっと、メヌ…!!」
一旦メヌエットちゃんを剥がそうとしても、メヌエットちゃんは彼から離れようとしない。
だって、ようやく本当の意味で兄妹が再会したからなぁ…無理もないか。
涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになったメヌエットちゃんが、スフマートくんの胸元で小さく、こう呟いた。
「…もう何処にも行かないで…お兄ちゃん…。」
「…?…うん、分かってるよ。」
見る感じ、もしかしてスフマートくんってここ半年の事 覚えてない感じ?
じゃあ、ぼくらの目の前にいたスフマートくんはスフマートくんじゃなかて、体は違えど本当にサラールさんそのものだったんだ。
まぁ、ぼくはどっちだろうと興味ないけどな。
なんて、兄妹の感動の再会を遠くから見ていると部屋の奥から賑やかな声が聞こえてきた。
アイツら…魔力を使い果たして髪が真っ白になった弟と、それを慌てて介抱している兄が見える。
てことは、声の主ってもしかしなくてもミニキャンバスに閉じ込められていた被害者の連中じゃね!?じゃあ、もしかしてあの2人も?
「スフマート!」
「メヌエット!」
ほら やっぱり、な。
「パパ、ママ!」
メヌエットちゃんはぐしゃぐしゃの顔のまま、スフマートくんと一緒に両親に抱き着く。
「会いたかった…会いたかった…皆に会いたかった…!!」
流石 1回事件に巻き込まれただけあって状況を飲み込むのが早いよなぁ、夫婦揃ってすぐに察してメヌエットちゃんを優しく撫でてる。
「…良く頑張ったな、メヌ。」
「心配かけてごめんね。」
「うん…うん…!!」
しばらくやりとりを黙って見ていると、ぼくらがいる事に気付いたママさんが目を潤ませながら家族の輪から抜け出し こっちに駆け寄ってきてこう言ってきた。
「…また、助けてくれたのね。ありがとう、本当に…ありがとう…。貴方達には感謝してもしきれないわ…。」
…別にんな事気にしなくったって、いーのにな。
「…んーん、いいよ。気にしないで感動の再会を楽しみなよ。」
ママさんは少し申し訳なさそうな、でもどこか嬉しそうな顔で家族の元に戻っていった。
そんな家族団欒を遠くから見ていて、ぼくが思うのはただ1つ。
「…これで、この旅も終わりかぁ。」
そう、夫婦が見つかったって言う事はこの旅の終わりを意味する。
旅が終わったら、何気ない日常に戻ったりあの世に帰ったり…皆、バラバラになるんだろうな。
でも、それはぼくにとっては嬉しい事でもある。だって…。
「…もうすぐ、会える。」
誰にも聞こえないように小さく、小さく呟く。
…ユーロギア、夕日、それにオルフェウスパパにアルバートさん…待ってて。
ぼくね、もうすぐ日本に、お前らの所に帰れるから!
へへ、ぼくが生き返ったとか聞いたら驚くだろうな〜!
今から楽しみにしてろよな!
…ところで あの件、どうしような。
まぁ、旅が終わるって言ったってまだ時間はたっぷりあるし…でも…いや、今はいっか。
…あくまで、今は だけどな。
…
「菊様、少々お時間宜しいですか♡?」
「んァ〜…ロニロニじゃん。俺に用があるなんて珍しいじゃ〜ん?どしたん?」
「…実は菊様にお渡ししたい物があったのですが、長い事渡しそびれてしまって…そのままジャックと旅をしていてすっかり忘れていたのですが、さっきその事を思い出しましたので良ければこれ、受け取って下さいまし♪」
「…え、何々、俺宛のファンレター?…って事はお前、まさかジャッ君から俺に乗り換える気?!やだァもう!!弟様に言い付けてやるゥ!!んもぅこれだから男子はァ〜!!」
「…命が惜しければ黙って受け取りなさいな♡」
「じょ、冗談だってェ…んな怖ェ顔すんなよォ、許せよォ。…ん?つかこの封筒といい、シールといい…どっかで見た事あるようなァ…?」
「金魚草様からお前に宛てたお手紙です♡以前、ジャックと一緒に金魚草様のお手紙をバラ撒いた時に1通だけわたくしの懐に紛れてしまったようで♪…気になるでしょう?♡」
「…あぁ、アレかァ〜!アイツ、手紙の事になるとすげェムキになるから見れなかったんだよねェ。さんきゅ〜、ちょー助かるゥ。」
「…いいえ♡」
「盗み見だしィ、バレたら後が大変なのは分かるけどォ…好奇心には勝てないしィ、さっそくだけどここで読んじゃお〜。どれどれェ…。」
「……………。」
「……………え?」
「…さて、役目は果たしましたし後の事はお任せしますね。わたくしはこれで失礼します♡…ご機嫌よう♪」
「…あ、はァい。ご機嫌よう。」
「……………マジで?え?」
「……………どうしよ、コレ。」
フューネラルブーケの花よ贖え 終